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無理やり撮った写真

秋空とトンボ
先日撮った写真を早く確認したかったのですが、特に撮る物がありません。
フィルムを現像に出す為に、何でもいいや!と無理やり撮った写真です。
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2009/10/19 23:27 | OLYMPUS PEN EEDCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

わかや食堂

わかや食堂
会津若松市の七日町。
七日町通りの裏通りの交差点角で見つけた「わかや食堂」
昔はこの様な食堂は何処の町にも多く在っただろうが、今では食堂も激減しましたね。
この場所を訪れた時には、時計の針は夕方の5時前。
家に帰る時間を考えると、この店で食事をしている余裕が無かった。
今度訪れた時には、この食堂で定食でも食べてみたいものだ。
撮ったカメラは1967年(昭和42年)発売のOLYMPUS PEN EED。
F.Zuiko32mmF1.7の明るいレンズを採用したハーフサイズカメラです。

DNP CENTURIA 200
OLYMPUS PEN EED
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2009/10/16 01:56 | OLYMPUS PEN EEDCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

神社の銀杏

白鳥神社
天気が悪く、写真を撮っていないので、今日もストックフォトから。
昨年の秋に撮った写真です。
この銀杏の形が気になって写真を撮りました。
この神社には柴田家14代当主の柴田意広の像もあります。

(白鳥事件の概要と白鳥信仰)
この地では、藩政時代から白鳥信仰を伝承する白鳥伝説数多くある。そんな人々の思いは、「伊達治家記録」や「奥羽観蹟聞老志」などでも垣間見ることができる。神の使者として白鳥は多くの人々の信仰を集めてきた。
明治元年(1868)その白鳥をめぐって、戊辰の役後、進駐してきた官軍兵士と柴田家中との間で起きた事件は、柴田家の運命を大きく変えた「白鳥事件」 として今もなお人々に語り継がれている。この事件の発端は、仙台藩降伏後、領内において官軍兵士が信仰の対象である白鳥を捕殺したことに端を発している。 その場に居合わせた柴田家中4名の内の一人が白鳥を守ろうと兵士に向かって発砲。その後この事件は仙台鎮撫使の知るところとなり事件に関与した家中たちは 処刑。事件の責任を取って柴田家14代当主意広も切腹した。事件後、柴田家臣の多くが、苦悩の選択のなか、現在の北海道伊達市に移住を決定。新天地での新 しいあゆみを始めた。
伝説によれば日本武尊(やまとたける)が東征の折、一時この地に館を置き妻子をもうけた。後に単身都に帰還した日本武尊を追った妻子は 、途中で力尽き白鳥と化したという。また日本武尊自身、死して白鳥と化したとも伝えられ、白鳥信仰は日本武尊の信仰と関わりが深いと思われる。
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2009/08/02 22:33 | OLYMPUS PEN EEDCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

新緑

新緑と八重桜
天気が良かったので、朝早めに家を出て、写真を撮りに出かけました。
朝は空気が澄んでいるので、空も綺麗に写せます。
日差しもそんなに強くないので、写真も撮り易いです。
デジカメでも撮りましたが、空もそれなりに写っていました。
でも、フィルムの描写には、やはり敵いません。
露出補正はしているのですが、ラティチュードは狭いので、フィルムの描写には負けますね。
この写真を撮ったカメラは、OLYMPUS PEN EEDです。
感度ダイヤルでの露出補正はしていません。
距離だけを合わせ、そのまま写しました。
その時によって、写りにムラはありますが、今日のZuikoレンズは良い仕事をしてくれました。

フィルム DNP CENTURIA 200
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2009/04/24 16:36 | OLYMPUS PEN EEDCOMMENT(4)TRACKBACK(0)  

公園の紅葉

DH000013.jpg
ここの公園の木も殆どが落葉してしまいました。
このモミジの葉が無くなると殺風景になりそうです。
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2008/11/15 21:16 | OLYMPUS PEN EEDCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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